大判例

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岡山地方裁判所 昭和23年(ワ)142号 判決

原告

前谷英雄

外四名

被告

鐘紡西大寺工場労働組合

右代表者

組合長

主文

原告等の請求は之を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

請求の趣旨

原告等訴訟代理人は

被告鐘紡西大寺工場労働組合が、昭和二十三年八月二日原告等に対して為した組合員除名処分は無効であることを確認す。訴訟費用は被告の負担とする。

旨の判決を求める。

事実

(一)  原告等は鐘淵紡績株式会社西大寺工場(以下単に工場と略称す)の従業員であると共に被告鐘紡西大寺工場労働組合(以下単に組合と略称す)の組合員であり、且つ原告前谷、中島、森の三名は組合の代議員であつて右前谷は組合の執行委員を兼ねている。

(二)  原告等は日本共産党鐘紡細胞に所属するものであるが、昭和二十三年七月中頃細胞機関紙である新聞「ともしび」を発刊することを決議したところ工場就業規則に、新聞、伝単、其の他の印刷物を工場内で配布、掲示するに付いては、工場側の許可を要する旨定められているので、同月二十日「ともしび」発刊に先立ち工場長江見祐吉に通告し許可を求めた。

(三)  之に対し工場長は機関紙の発行は組合内部の問題であるから組合幹部と協議されたいと答えたので、原告中島は同月二十六日組合長栗原澄男に面会し、機関紙「ともしび」発刊のことに付き話したところ、同組合長は翌二十七日執行委員会を開き、「ともしび」発行の件を協議し、席上組合幹部側から発刊中止を希望したが、出席した原告前谷は発刊の自由を強調した結果決定は代議員会に移されることとなつた。これにより同月二十九日午後一時三十分代議員会が開かれたが、其れに先立つて同日午前十一時頃原告等は「ともしび」七十部を工場内で配布した。

(四)  前述の代議員会に於ては「ともしび」発刊の可否よりも之を配布したことにつき議論された末、事実調査を為し其の結果をまつて八月一日再び代議員会を開くこととなり、八月一日の代議員会は大多数を以て原告等が組合の統制を乱したと言う理由によつて、原告等を組合から除名する決議を為し、右決議は八月二日の組合大会に附され、同日開かれた組合大会は多数決を以て原告等五名を組合より除名する代議員会の決議を承認した。

(五)  然し右の除名決議は次の理由により無効である。即ち

(イ)  国民は政治活動の自由を憲法によつて保証されている、この権利は組合規約或は組合決議を以て奪うことのできないものである。原告等の為した本件機関紙「ともしび」の発刊配布行為は合法的な政治活動であり、政党活動であるから之を行つたことを理由として組合が原告等に対して為した本件除名決議は不法不当である。

(ロ)  原告等の為した右の行為は政治活動であるから組合の統制外の行為である、従て本件行為を組合の統制攪乱行為とすることはできない。

(ハ)  原告等が配布した「ともしび」は其の内容に付いて之を看るに、組合に対し何等の中傷を含むものでなく、組合にとつて有益無害である。其れ故にこそ代議員会に於て其の内容は問題にならなかつたのである。

若し除名を云々するならばその内容こそ問題である。斯る行為を組合の統制攪乱呼ばわりして原告等を除名した組合の決議は権利の濫用である。

仍て右決議の無効確認を求むる為め本訴請求に及んだ、と陳述した。(立証省略)

被告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、其の答弁として

(一)  原告等五名が工場の従業員であつたこと、同時に右五名が組合員であつたこと及び原告前谷、中島、森の三名が組合の代議員であつたこと、而して右前谷が組合の執行委員を兼ねていたことは何れも之を認める。

(二)  原告等が日本共産党鐘紡細胞に所属すること、同人等が機関紙発行の決議をしたこと及び同人等が昭和二十三年七月二十日江見工場長に機関紙発刊の許可を求めたことは何れも不知。

(三)  原告中島が昭和二十三年七月二十六日組合長栗原澄男に「ともしび」発刊の諒解を求めたので、右栗原は中島に対し自分の独断では回答できぬから組合の機関に諮つて決めたい旨を述べたところ、原告中島は之を諒承したので、組合長は翌二十七日執行委員会を招集し、同委員会は原告前谷より「ともしび」発刊の趣旨を聴取し、協議の末之を代議員会に諮ることとなつたので、其の席で組合長は原告中島に「ともしび」発刊の件は、七月二十九日午後二時三十分から開く代議員会にかけるから、其れ迄回答を待たれたい旨申入れたところ、同人は之を承諾した。然るに原告等は七月二十九日午後の代議員会の決定を待つことなく、同日午前中に「ともしび」七十部を工場内で頒布した。同日午後二時三十分代議員会を開いたが時既に原告等が、「ともしび」を勝手に工場内に於て頒布した後であつたから、之が諾否を決める要はなく、原告等が勝手に「ともしび」を工場内で頒布したことが問題となり同日の代議員会に於ては原告等の右行為を組合の統制を乱す行為に該当する重大問題と考えられるから慎重を期する為め調査委員会を設けて調査し、其の結果を代議員会に報告することに決した。同月三十一日午後の代議員会に於て調査委員の報告を聴き討議の結果満場一致で原告中島、森、前谷等三名の行為を組合規約第三十三条第三号に所謂組合の統制を乱す行為に該当するものと認めると決議した。本件「ともしび」を勝手に工場内に於て頒布したことに関係した者は、前記三名の外に原告入江、岡崎両名其の他であるか、前記三名はこれ迄代議員会で意見開陳の機会があつたが右両名は其の機会がなかつたので、八月一日午前調査委員会を再開し右両名の意見を聴き之を同日午後の代議員会に報告し右代議員会は原告入江岡崎の行為も組合規約第三十三条第三号に該当するものと認めると決議した。而して原告等五名の各所為が何れも組合規約第三十三条第三号に該当するものと決議した代議員会の決議は、八月二日開催された組合大会に附議せられ、右大会に於て千四百四票対二百九十六票で代議員会の決議は承認され組合長は原告等を除名した。

(四)  組合が原告等五名を組合から除名したのは、原告等が共産党員であるとか「ともしび」の内容が怎うであるとかの理由からではなく、原告等が組合の機関を無視し組合の統制を乱す行動に出たのが其の理由である。

旨陳述した。(立証省略)

理由

原告等が工場の従業員で、同時に組合の組合員であつたこと及び原告前谷、中島、森の三名が組合の代議員で且つ右前谷が組合の執行委員を兼ねていたことは、当事者間に争のないところである。

而して成立に争なき甲第一号証、乙第一、四、五号証に証人船山登美の証言、原告前谷英雄の供述の一部、被告代表者本人の供述及び弁論の全趣旨を綜合すると、原告等は日本共産党鐘紡細胞に所属しているものであるが、昭和二十三年七月日本共産党鐘紡西大寺細胞、細胞機関紙「ともしび」の発行を計画し、同月十日頃右「ともしび」を印刷したこと、原告中島は同月二十二日江見工場長に面会し、右機関紙「ともしび」発行につき諒解を求めたところ、同工場長よりその件については、工場側としては関係しない組合幹部に相談されたい旨答えられたこと、原告前谷は同月二十六日組合長栗原澄男に面会し右機関紙発行の趣旨理由を話し之が発行の諒解を求めたところ、右栗原は組合の執行委員会に諮つてみると答えたこと、七月二十七日開かれた執行委員会は原告前谷より右機関紙発行の趣旨理由を聴取した上協議の結果之を代議員会に諮ることとなり、其の席上組合長栗原は原告前谷に同月二十九日午後二時三十分より開く代議員会にかけ諾否を決するから其れ迄「ともしび」の発刊を待つて貰いたいと申入れたところ同人は之を承諾したこと。

然るに原告等は細胞会議に於て七月二十九日午前十時三十分の休憩時間に「ともしび」を工場内に於て頒布することを協議決定し、七月二十九日午後二時三十分から開かれる代議員会の回答を待つことなくして、七月二十九日午前十時三十分の休憩時間中に「ともしび」七十部を工場内に於て組合員等に頒布したこと、同日午後二時三十分より開かれた代議員会は七月二十七日の執行委員会での話合を無視し代議員会に諮る前に「ともしび」を工場内に於て頒布した原告等の所為が組合の統制を乱す行為に当るか怎うかに付論議され、右代議員会に出席していた原告中島、前谷、森の三名の代議員は之に当らぬと主張し、他の代議員は之に当ると主張したが、こと重大であるので慎重を期し調査委員会を設けて調査した上更に代議員会を開くことになつたこと、七月三十一日の代議員会は調査委員会の報告を聴き審議の結果原告中島、前谷、森等三名の各所為は何れも組合規約第三十三条第三号に所謂組合の統制を乱す行為に該当するものと認めると決議をしたが、原告岡崎、入江の両名は代議員でなく、代議員会で発言していないので、更に調査委員会にかけて調査をなす為め、右両名に関しては次回の代議員会に持越しとなつたこと、八月一日の代議員会は原告岡崎、入江に対する調査委員会の報告を聴き右両名の各所為も亦組合規約第三十三条第三号に所謂組合の統制を乱す行為に該当すると決議したこと代議員会が前記の如く原告等五名の各所為は何れも組合規約第三十三条第三号に所謂組合の統制を乱す行為に該当するとした決議は八月二日の組合大会に附議され右代議員会の決議は賛成千四百四票、不賛成二百九十八票で承認され、組合長は原告等を除名したことを認むるに足り、右認定に反する原告前谷英雄の供述部分は措信し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

而して組合規約第三十三条の組合員にして組合の統制を乱す行為ありと認められる場合は所定の手続を経て除名する旨の定は、組合員はたとえその行為が政治活動であつても、それが組合の統制を要しない行為である場合は格別、組合の統制を要する行為である場合に於てはその行為が組合の統制を乱すときは所定の手続を経て除名せられる趣旨であると解するを相当とするところ、組合がその基盤とする工場内に於て組合員がその政党機関紙を配布するは、正に直接組合の統制に従うべき事項であると共に、就業規則(乙第二号証の一)に従業員が予め会社の許可なくして工場又はその附属建物に伝単を掲示又は撤布した場合、又は之に準ずる著しく不都合な行為をした場合には懲戒解雇する旨の規定があり、就業規則意見書(乙第二号証の二)に依れば就業規則の該規定は組合より異議なく承認せられたところであつて、又労働協約(乙第三号証)に依れば組合は工場と相協力して工場の興隆と従業員の福祉増進を図ることに努むべき旨協約しているところから看れば、間接にも亦組合の統制に従うべき事項であると考えられるから、前段認定の原告等の行為は組合の決議機関たる代議員会の決定を無視して政党機関紙を配布したものであるから、組合の統制を乱したものと謂わなければならない。原告等は国民の政治活動の自由に関する憲法の保障は組合規約又は組合決議を以て奪うことができないものであると主張するが、組合がその統制維持のための必要から自主的に組合員の組合の統制を乱す行為を禁ずることはたとえその行為が政治活動であつても組合員の国民としての政治活動の自由を奪うものと言うを得ない。原告等の、原告等がした本件行為は政治活動であるから組合の統制外の行為であり、従つて之を組合の統制攪乱行為とするを得ないとの主張も、政治活動である故を以て組合の統制外の行為であるとするを得ないこと右認定の如くであるから、理由ないものと謂わなければならない。又原告等はその配布した機関紙は、内容に於て組合にとり有益無害であるからその配布を以て組合の統制攪乱行為とし原告等を除名したのは権利の濫用であると主張するが、組合が斯る機関紙の工場内に於ける配布を承認するや否やはその内容のみを標準として之を決すべきものでなく、組合員の属する他の政党の政治活動との関係その他諸種の事情を考慮して之を決すべきものであろうとは組合の性質上蓋し当然であるから、その配布した機関紙の内容が組合に有益無害であるから組合の統制攪乱とはならないと謂うを得ないし、又、組合の統制確保は組合の団結を固くし、組合の存立発展の基礎をなすものであるから原告等の組合の統制を乱した前記行為に因り原告等を除名したのを権利の濫用であるとする原告等の主張も亦当らない。然らば組合が組合規約に則り適式に原告等の行為が組合の統制を乱すものと判定し、原告等を組合より除名したことは相当の処置であつて原告等の主張は理由のないものと謂わなければならない。

仍て原告等の本訴請求は之を失当として棄却すべく訴訟費用の負担に付き民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用し主文の通り判決する。

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